ミニ卓球台を製作

ともにベースの2Fは,日々の暮らしの中に「KI・MA・MA時間づくり」を愉しむ場所です。

今月から,6フィートのミニ・ビリヤード台を設置しました。

このサイズがちょうど畳一枚分です。これはホームセンター等で購入できる一般的なベニヤ板と同じサイズ。その上に板を置いて卓球台をつくることも可能なのではないかと考えて実際につくってみました。

利用したのはシナ材のランバーコアと呼ばれる集成板です。
無垢板ですと,木目に合わせて反りが置きやすいのですが,この集成材はよくあるリビングテーブルと同じように細長い板をいっぱいつくって表裏ひっくり返しながら交互に貼り付けてあります。その表面を薄いシナベニアを貼り付けてあります。

それにターナーから販売されているミルクでつくったという塗料を塗ってみました。
ラインはマスキングテープを貼っておけば綺麗な線を引けます。

そうしてビリヤード台の上に置いています。

ビリヤード台が痛むのも困りますので挟み込む板も製作しました。

コーナーをまたぐように置きますが,ビリヤードを楽しむ際には簡単に片付けられるようなサイズにしています。
とはいえ,卓球台は1枚モノですから一人で移動させるにはちょっと重いですね。

テーブルまでの高さなど公式な規格ではないので,遊び感覚で楽しむ台です。

オトナ時間を過ごすためのバリエーションが少しずつ増えています。
ちょっとした時間を使って気分転換するにはとても便利ですよ。

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ミニビリヤード台

ともにベースの2Fは,日々の暮らしの中に「KI・MA・MA時間づくり」を愉しむ場所です。

今月から,6フィートのビリヤード台が設置されています。
みなさんがボウリング場や遊戯施設で普段見かけるサイズは9フィートだそうです。

ですから,2/3のサイズなので結構コンパクト。
畳一枚分の大きさしかありません。

当然ボールも小さいサイズ。
でも,正式なサイズのキューも置きました。

気ままに遊ぶにはちょうど良いサイズ感ですよ。

会員の皆様は月額4000円で16時間まで。
(これは1時間250円でお得です)
月額オプションでなくても,1時間350円でベース2Fをご利用になれます。
他には,

・スタンディングディスクで読書
・ふっくらソファで映画鑑賞
・ランニングマシン等で軽く運動
・柔らかマットでヨガ体操
・かたちづくり工房で工作

など,自分時間を愉しむ空間です。

実費等頂く利用場所もありますので,詳しくはお問い合わせください。

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財団HPを全面改定!

財団HPを全面リニューアルしました!

3月末にともにスタイル館をオープンし,ホームページを改修しようとしたのですが,なかなかアイデアやデザインが決まりませんでした。

半年も過ぎ,地域の口コミサイト「さんラボ!」や,地域の情報紙「NiceTown10月号」にも取り上げて頂き,いろんな方の目に触れる機会が増えてきましたので,思い切ってこれまで作業していたアイデアも全て一端白紙に戻して,一から短期集中で完成させました。(とはいえ,文章は以前の内容を踏襲した部分もあります)

アウトソーシングすれば良いのですが,できることは自分たちでやっていきたい一心で運営をしていますのでプロにはかないませんが,ちょっと見栄えの良くなったホームページをどうぞご覧ください。

今年からは県外からの会員登録を期待しております。

香川に住んでいると香川の良さをなかなか認識できませんが,県外から来られたお客様はほぼ好印象をもって頂けています。特に「こと館」から見える日本昔話に登場しそうなおむすび山と小さな池のセットが高台から見下ろせるロケーションと相まって,とても喜んで頂けています。

詳しくは「ゆかいスタイル」のページをご覧ください。

今後とも,どうぞよろしくお願いします。

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【ともにベース】とは。

ともにCafeこっとんと同じ「ともにスタイル館」にある,ともにベースは会員制のエリアです。

ゆかいスタイルへご加入されますと,ともにベースもご利用頂けます。今回はその「ともにベース」の使い方についての説明です。

ともにスタイルは「循環」がテーマです。菜園だけでなく,薪ストーブや太陽光発電システムがあるのもその一環です。
その「ともにスタイル」をより愉しむために,ともにベースがあります。

テーマは二つ。
・自産自消の暮らしづくり
・KI・MA・MA時間づくり

○自産自消の暮らしづくりは,参加者全員で無農薬野菜を作って普段の生活に食材として利用します。有機肥料にもこだわると,味の濃い生命力のあふれた野菜たちが育ちます。
市民農園などを借りて管理しようとすると,1から農具を準備する必要がありますし,ちょっと気を抜くと草が茂ってお隣の区画の方に迷惑をかけてしまうこともあります。
ここではみんな一緒に野菜作りをしますから,自分の区画というのはありませんが,水やりや草抜きは同じエリアですので,参加できない日があっても農場の維持に苦労することは少なくなります。
菜園活動に興味がある初めて方や,ひとりでは大変なのでグループで菜園活動がしたい方にお勧めしています。

まずは体験参加から。
・毎週土曜日 14:30〜
カフェ終了後に30分ほど,一緒に畑仕事ができる時間を設けています。
畑仕事をすると,デスクワーク等の室内で仕事をしている方にはとても良い気分転換になりますよ。
ぜひ一度,体験してみてください。

そして,一緒に続けてやってみたい。と思われましたら,オプションで月額料金をお支払いください。
これが,菜園で育てている苗や肥料などの資金となります。
Cafeでみなさんが食べている野菜は,会員が購入した苗や肥料と愛情です。

○KI・MA・MA時間づくりは,自分時間を愉しむことです。ベースの二階には,会員のみが利用できる30畳以上の空間があります。のんびり映画を見ることも,少し身体を動かすことも,まったり読書に耽ることもできるスペースです。
他にも,別棟にあるかたちづくり工房で,木工やサンドブラストを愉しむことも可能です。どれも本格的な機器ではありませんが,家庭で揃えようとすると,作業場所も予算も必要です。
ちょっとしたことですが,ほんの少しだけかゆいところに手が届くようなことを目指して整備している施設をご利用頂けます。

こちらはその都度の利用料金でご利用頂けますが,月額料金をお支払い頂いた方がお得です。

【やりたいことを考え愉しむ場所】
それが「ともにベース」です。

みなさんの毎日にちょっとした「こと」をつくる生活を加えて,今まで以上に豊かさを実感できる日常を愉しんでくださいね。基本はセルフワークです。私たちはそのお手伝いをさせて頂きます。

(詳しくはメール・電話等で事務局までお問い合わせください。)

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33thまなびあい勉強会レポート

先日,無事に勉強会を終えました。ご参加くださった皆様,ありがとうございます。
また,勉強会の協力員として金銭や運営面でのサポートくださっているみなさまにもお礼申し上げます。

さて,勉強会のレポートがスタッフより上がってきましたので紹介します。
ご参加になれなかった皆様にも,どんな勉強会だったかの雰囲気を少しでも感じ取って頂ければ幸いです。

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第33回まなびあい勉強会 (2018年8月26日)
講師 : 桜美林大学    石川 輝吉 先生
人それぞれが豊かさを享受できる世界との向き合いかた

今回の勉強会は哲学領域から、「カント 信じるための哲学」、「ニーチェはこう考えた」の著書をお持ちの石川先生にお越しいただきました。十川事業所(ともにスタイル館)の窓から見える畑や里山の風景をきっかけに、石川先生の出身地や青少年期のお話などを思い出しながら語ってくださるほっこりした場面や、いろいろな哲学者の生き方や考え方を、まるで石川先生のご友人であるかのように、親しみを込めて話してくださる様子が印象に残っています。

哲学といえば愛とか正義とか、よくわからない概念的なものを難しく考えて、難しい言葉で説明する難解な学問というイメージがありますが、そうではなく、哲学は世界についての共通の説明をしようと試みたことから始まったのだそうです。紀元前7世紀、小アジアのミレトス(現トルコ)は交易の交差する都市で、人々は交流の中で世界の捉え方がそれぞれの地方によって違っており、自分たちの世界像だけでは通用しないことが分かりました。そこから、なるべく多くの人が納得できるような世界についての説明をたてよう、みんながつながり会える共通の説明はできないか、と考えるようになったとのことです。
絶対的な真理を探すのではなく、なるべく多くの人が納得できるような、土台となるような普遍性をもつ言葉を探す姿勢、もっといい言葉はないか探し続ける営みが哲学であるとの説明は、哲学を身近に感じられ、もっと学んでみたいと刺激を受けました。

人は自分の経験や立場から物事を考えて発言しており、いくら自分の正しさを主張してもそれは絶対に正しい答えとは限りません。お互いに言葉を交わせば、自分固有の感覚と、人と共通の感覚があることが分かります。人それぞれだから何でもありだとか、自分は自分、人のことは知らないというのではなく、自分と人は違うという前提に立ち、人との違いを認め、その中から共通の部分を探していこうとする哲学の姿勢は、大事にしたいと思いました。自分の中から、人と共通の部分を見つけたくなるというのは、実生活を振り返っても、「これ美味しいから食べてみて」とか「あの音楽素敵だから聞いてみて」など思い当たる節が多々あります。ソクラテスの時代から真・善・美は人に伝えたくなるという話
や、伝えたいのは人間には孤独を解きたい、つながりを求める本性があるという話は面白かったです。

また、勉強会の後半では、参加者からテーマを募り「本質観取」を2つ行いました。
ひとつめのテーマは「豊かさ」。それぞれが豊かさと聞いてイメージすること(余裕がある、心配事がない)や、豊かさを言い表す状態(○○以上、心が安定している)などを挙げ、それらに共通する部分を探しました。そして「豊かさとは、心や物質的ゆとり。与えられるゆとり(土壌、親の金など)と自分で自由にできるゆとり(時間、選択肢など)がある。」と導き出しました。

ふたつめのテーマは「美とアートの違い」。みんなで話し合う中で、美とアートは対極にあること(自然と人工、無意識に感じるものと考えさせられるもの)や、アートは美の一部であり、必ずしも美しくある必要はないことなどが、共通の認識であることが分かりました。何もかもをアートとして語られがちで、美との違いは特に意識していませんでしたが、いったい何がアートなのかが分かっていなかった私にとって、有意義な話し合いで、楽しい発見がたくさんありました。

本質観取をする中で、みんながある言葉をイメージして発言した内容は様々で、経験や考え方は「人それぞれ」、でもその内容の中には「共通の部分を見つけることができる」ということが実体験として分かりました。これこそ哲学の営みそのものであり、まなびあい勉強会という場で、参加者それぞれが意見を出し合うことで、人それぞれの中から自分と人との違いを認め合うよいきっかけになりました。実生活でも活かしていきたいと思います。

 

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へそ思考の概要と活用

気がつけば,へそ思考の記事もずいぶんと多くなりました。
そこで,今回ちょっとだけ整理してみましょう。

へそ思考(H.E.S.O. Thinking)は,世の中に起こる様々な事象を大胆に3つの領域に分類するという手法を用いています。学術的にはそれを「現象」とか「事態」と表すことが多いようですが,簡単に言うと「あらゆる状態を捉える思考法」です。

そのコトを表すために考案したへそ思考ですが、例えばそれがモノ(物質的存在)であっても,それは何らかの仕組みによって編み出された素材であったり,何らかの工程を経て現存し得る物体(物質)としての体を整えた現象を確認できたり,それを感覚や態度などで理解しようとするわたしたちのこころであったりします。

私たちは解釈することで世界を把握しようとしますから,その解釈の仕方や思考の原理的な構造がへそ思考のように簡潔かつ明確であれば,様々な方向に転用や応用が可能です。

理論というのはともすれば詳細な部分にまで明確な説明を当て込もうとするが故に、逆に複雑になればなるほど明快さを失って結局は迷宮化してしまい,その複雑さ故に複雑なことを説明している気分になってしまいます。

でも,自然現象というのは複雑なことを自らが理解して,解釈して,遷移させている訳ではありません。非常に「単純」で「厳格」な仕組みによって編み出された現象であって,それは人が理解できる出来ないに関係なく,時間という抗えないうねりの中で推移していくのです。

そのような世界で生きるわたしたちひとりひとりの人生とは,悠久のほんの一瞬です。
その人生で起こる全てを理解しようとすること自体にはとても価値があると思いますが,理解できないという前提に立ってこそ,理解しようとする方向が見えるソクラテス的な「無知の知」の思考が大切です。

そしてその思考は自分の主観から出発すること。
デカルトから始まった「我思う故に我あり」で表された,まずは疑いようのない自分自身の存在から出発して,様々な確認や相互了解をとりつつ,共通項や差異を見つめ,外界と自分との関係を構築していく姿勢を大切にしたいと考えています。

そこにはひとりひとつの物語である「ナラティブ」が生まれます。

人は物語を紡ぐ際に,様々な事態に対して自分なりの意味や価値を見出そうとします。この行為は,その人が求める本質に近づくきっかけとなります。本質とは「対象となる状態それ自体」であり,その構成領域を「こころ・出来事・仕組み」と規定しています。

いろんな言葉を駆使して,自分の周りに起こる事象の解釈幅を広げ,繋がりや関わりを見つけながら自分の内なる世界と外界との理解を深めていこうとする思考法。

それがH.E.S.O. Thinking(へそ思考)です。

これがへそ思考に至る概要説明です。
やっぱりわかりにくいですよね。。。

 

さて,そのへそ思考を活用するためにテンプレートを準備しました。
前回の「不便を再考する2」で用いたファイルの文字を抜いただけです。

左上と中央には,あなたが見つめたい対象を代入してください。
対象とは、あなたが求めたい意味や価値です。

そして,その対象に関わると想定される「こころ・出来事・仕組み」を自分なりに考えてみるのです。
こころはあなたの感じる心情や態度です。
出来事はあなたが目にする状態(現象)です。
仕組みはそのためのルール(決まり事)として捉えてみてください。

実際に行った例が「不便を再考する2」に載せた4つの図です。

何を代入しても全く問題ありません。
現在直面している恋愛や進学や就職などの「出来事」でも構いませんし,未知の宇宙や幻影やあの世だって構いません。相対性理論などの「仕組み」を中央にはめ込んで,その実用度を探ることにも利用可能です。
いろんな使い方がありますが,基本的にはどのような「対象」であってもこの図の中央に置くことで,その本質を3つの領域から見つめ直すきっかけを得られます。

この思考の原理を用いれば理解不能な勧誘に出会ったり,戸惑う出来事に遭遇したりしても,その状態を中央に投げ入れて冷静に自分を見つめるきっかけを手に入れることが可能です。
こういった行為を客観視と呼ぶ人もいますが,実は客観視ではありません。客観視と呼べばそこに本来はあり得ない普遍性を探す行為が生まれますので,あくまでも主観で見つめるという行為なのだという風に自分の内に留めましょう。
あなたがあなたの価値基準で様々な検討をする,そのための思考法です。

この対象化によって、あなたは何らかの対象の意味や価値を求める行為である「固定化」を試みるわけですから、あなたが選んだ対象は静的要素(スタティック エレメント)に明確化させたい状態に置かれます。

その対象化された「事態」の周囲に配置されるのは「作用」です。
この作用とは動的要素(ダイナミック エレメント)のある状態です。
これは様々な想定が可能な状態ですから、ひとつの意味や価値に縛られるように固定化はされず、流動的な要素としていろんな動きが考えられます。こんなことやあんなことなど思いつく限りのこと以上に、想定外のことも作用として起きます。

例えば「恋愛」の場合を見つめてみましょう。
どんな心情や態度が表れると恋愛と呼べるのでしょうか。
どんな出来事があれば,それは恋愛と呼べるのでしょうか。
そこにはどんな仕組みが働いているのでしょうか。

心情や態度と出来事が組み合わさった時,あなたはどんな対応をするでしょうか。
心情や態度と仕組みが組み合わさった時,あなたはどんな理屈を練るでしょうか。
出来事と仕組みが組み合わさった時,どんな機能的な働きが起こるでしょうか。

これらをあなたなりに理解できる言葉で上記の図に代入していくのです。

対象としたい内容であれば,どんな状態でも可能です。
例えば「PDCAを回す」としてみましょう。
PDCAを回す前提にモチベーションが必要であることはご存じの通りです。そのモチベーションを維持するための「こころ・出来事・仕組み」を自分なりに考えていくのです。

また,周囲に起こった作用を改めて対象化し,中央に置くことも可能です。
そうすることで,思考に深まりが出る場合もありますし,堂々巡りを起こす場所を見つけることも可能です。

このように動的要素と静的要素を入れ替えながら思考することで,人はより深く思考できますし,堂々巡りを起こしますし,時にはひょんなきっかけでアイデアを思いつきます。ですからこれを応用すれば人工知能(AI)に活かせるのでは,と考えるのです。

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不便を再考する2

不便を再考する1の続きです。

川上先生とご一緒に不便益を研究されている平岡先生によると,不便と便利,益と害という2軸をつくり,象限分けをしてその説明がなされています。


平岡先生のサイトより

この象限分けについて研究者の間では基本原則のように多用されます。明快で解りやすさはあるのですが,H.E.S.O.思考的には対立軸的な考え方では必ず「あいだ」という悩ましい問題を内包してしまいますので,私としては基本的にその姿勢を採りません。
実際,勉強会に何度か参加させて頂いた際にも,何度もその「あいだ」をどうとらえるかの議論が起こっていたのを覚えています。

私の考案したへそ思考では,「あいだ」は共通項で結ばれる思考形態を採ります。
何故かというと,差異では差異同士の「あいだ」が曖昧だからです。そこには「あいだのあいだ」という無限に続く問いが発生する可能性があるのです。

例えば60点が合格ラインで59点は落第だとします。この「あいだ」には明確な違いがきちんと立証できるかと言われると,これは非常に難しくなります。
何故ならそれはその結論を導いた者の解釈に依るところが大きいからです。一定の水準を保つために「便宜上ボーダーを引いた」以上の根拠はなかなか出てきません。

こうやって考えていると,ふと,別の視点が見えてきました。
新たにへそ思考で【より深く】見つめる点が3つ見つかりました。

それは「差異・共通項・度合い」という3要素です。
そしてこの3要素が今後のH.E.S.O.思考における応用展開に,とても重要な役割を果たすように感じています。
例えばコンピュータによる知能を構成するためのAIです。

私は工学的な知識は素人ですが,へそ思考の3領域にこの3要素を組み合わせることで,より人間に近い知能を人工的につくりだすことが可能ではないかと考えています。

その話はいずれまた。

さて,不便益をもう少しじっくりとへそ思考で見つめてみたいと思い,2週間ほどかけてへそ思考の図に「便利」と「不便」,「益」と「害」の4つの本質(意味や価値など)を辞書を片手に探ってみたのが下の図です。

最初は不便の本質とはなにか,について。
それを「こころ・出来事・仕組み」の3領域と,交差して生まれる共通項である「空想・理念・機能」の3領域について見つめてみました。

心情では「面倒くせぇ」という煩わしさがあり,出来事では「何が起こるか解らん」という偶発的要素を内包し,仕組みでは「は?訳分からん」という理解しにくさがあるのではないかとの一定の結論に達しました。便利でも同様に考えてみると,相対的な構図になっていることが解りました。

ところが,益と害については,相対的な構図になっていないことが明らかになりました。改めて考えてみれば,確かに益の対義語は不利益ですし,害の対義語は無害ですね。
へそ思考で見つめると,出来事のみ対義語として一致しましたが,こころと仕組みについては一致しないという結論に達しました。

不便の本質に向かう事態

便利の本質に向かう事態

益の本質に向かう事態

害の本質に向かう事態

この図をつくったことで,不便と益の関連がより明確になった気がしています。

ちょっと整理してみましょう。
象限分けされていた分類に則って表現してみると以下のようになりそうです。

便利益「造作もないし潤いもある」
便利害「造作はないけど為にならない」
不便益「容易さがないけど潤いがある」
不便害「容易さがない上に為にならない」

上記それぞれに6×6通りの組み合わせがありますので,不便益については36通りの状態が想定されそうですね。

例えば,
厄介〜期待「煩わしさがあるけど夢が広がる」
乱雑〜志向「ごちゃごちゃしてるけど未来を思い描ける」
曖昧〜重宝「はっきりしていないけど役には立つ」
こういった組み合わせが36通りあるのです。

このように,H.E.S.O. Thinking(へそ思考)は,さまざまな対象の意味や価値を探り,その本質に迫る思考の原理として活用することが可能です。

次回はその図を元に「へそ思考の概要と利用」で,考え方の基本を説明しましょう。

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へそ思考のモノ対応版

へそ思考はコトを見つめるために考案した思考の原理です。

様々な状態をビジュアル化しますので、これを応用すればモノにも対応できます。今回はその手法を簡単にお話ししましょう。

例えば新しい乗用車が欲しいとすれば、その車を「対象」として図の中心に代入します。

すると、欲しがる心情や態度、求めて狙う出来事、欲しい根拠に分けて、自分なりににその欲求を俯瞰するコトができます。

周囲に配置されるのは作用(期待したい状態など)です。

あなたの気持ちを言語化してくれますので改めて自分と向き合い、本当に必要か、どのくらいの頻度で利用するのか、費用対効果があるのかなどを検討するきっかけにもなります。

もっと深みを見つめたければ、その際に見つけた作用を中央に「引き寄せ(作用を対象化させ)」て、その3領域を見つめましょう。

夫婦でこれをやってみるのも良いでしょう。そうするとお互いに共通する部分と差異のある部分が明確になってきます。

欲しいか欲しくないかの議論は感情論です。感情論でぶつかり合うと、解決はなかなかに困難ですが、共通項と差異がわかれば、あとは「度合い」ですから、その部分のみに議論を深めて決定させればいいのです。

違いはあれど、こちらの度合いを大きくして採用する、という考え方です。

共通項が図れない場合にはこの「度合い」という考え方が大事になってきますが、これはこれ自身で完結しません。他の要素で相殺することも可能ですし、他の方法が思いつく場合もあります。

保留してしのげない場合に役立つ、度合いの要素も覚えておくと便利ですよ。

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33th まなびあい勉強会

表現(美術など)からお互いに高め合う「まなびあい」。33回目の今回は、その根幹に関わる哲学領域から。
香川は文化圏(県)と言われますが、通底するのは豊かな生活を送りたい想いではないでしょうか。その、根っこにあたる哲学的な話題をまなびあう機会は、県内では意外と少ないと感じます。

昨年度は熊本大学の苫野一徳先生をお迎えした勉強会を実施したところ、とても好評でした。
今年度は桜美林大学講師の石川輝吉先生をお迎えして、「人それぞれ」という考え方を大切にするために必要な視点をご提供いただく予定です。
石川先生は哲学者カントのご研究をされている若手哲学者です。

難しく捉えられがちな哲学を平易な言葉で、みなさんの生活に落とし込んだ内容でお送りする予定です。
また、後半は参加者それぞれに感じたことや聞きたいことなどを自由にお話いただくフリーディスカッションや懇親会もあります。

この機会に生活を豊かにするためのあなた自身の「こと」として、普段はあまり考えることのない「人それぞれ」の根っこを一緒に考えてみませんか。

期日 2018年8月26日(日)
時間 13:30〜17:00 懇親会は18:00〜
募集人数 20名程度

勉強会主題「人それぞれが豊かさを享受できる世界との向き合いかた」
講師桜美林大学講師 石川輝吉氏

参加費 1500円
ゆかいスタイル会員まなびあい協力員1000円
※勉強会は参加者が講師をお招きするスタイルです。お支払い頂いた参加費は講師の交通費や謝礼となります。
懇親会費は別途(実費程度です)

みなさまの参加表明をお待ちしております。

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不便を再考する1

先月の29日,縁あって京都大学の川上浩司先生の不便益システム研究会で話題提供する機会を頂きました。
こういう機会を頂くと,改めて自分自身の考えをきちんとまとめることにつながります。本当にありがたいことです。

そこでは不便益について,工学的な立場ではなく人のこころや考え方感じ方などに寄った立場で話したのですが,そこで改めて考えたことを少しずつここでお披露目しようと思います。

私の立場は川上先生とは少々違っているようです。
これは私にとって非常に重要で,だからこそ様々な視点や気づきを得られるのだと思っています。

私は「不便益とは原理的にスタンス(姿勢や立場)であり,人の生き様(価値意識)に左右される。 便利で好都合なものを一般的に「技術・技」と呼ぶが,不便益とは幸福感を得るための合目的的な技である。 つまり不便益システムとは,具体化させた行動様式の提案によって心理的幸福感をかきたてる仕組みと考えられる。」の立場を取ります。

これは不便と益を分けても同様です。
原理的に,人は「事態」を理解するために解釈を重ねて認識を深めます。
どのような出来事も仕組みであっても,それ自体で本質足り得ないというのが,H.E.S.O. thinking の特徴です。
「出来事」や「仕組み」を見つめているのは私たちの「こころ」です。
人は解釈なしに理解できないのは周知の通りです。

ですからへそ思考的な考え方としては,不便益とは『あなたの必要性から生まれる行動様式のひとつ』 となります。

そこで質問を頂いたある先生からは,不便と益は分けて考えているとのことでした。なるほど,私は不便益というひとつの「システム」を意識してお話しさせて頂いたのですが,その方は両方のとらえ方を知りたかったのでしょうか。

伺っていると,不便とは「手間がかかって頭を使う」こと,との説明を頂きました。
確かに,手間がかかるのは不便です。でも手間がかかるというのは手数が増えるというだけではないようです。
例えばアナログオーディオシステムではボリュームやスイッチ類が多数か位置されたアンプやイコライザーなどがあります。これは「不便だけど益がある」事例には微妙に該当しないそうです。

これは私にとっては楽しい機材でも,機械音痴なうちの家族はだれも便利とは思わないでしょう。
ところが,時間を経るとそれが楽しくなる場合があります。
これは心の中での変化が,一つの出来事を解釈し直し,「手間をかけることの楽しさを知る」というふうになるわけです。その時はじめて「不便だけど益があるよね」という感想が生まれる状態が起きるのでしょう。

同じ事象であっても,時と場合と知識と経験と技術などによって解釈が変わるんですね。

また,不便に益を「期待」した時点で対象となる人の想いや解釈が山ほど詰まっている状態ですから,私にとっては分けても分けなくても求めている行為に変わりはないと思っていましたので,分けることで更に細かな分析的思考が深まり,新たな気づきや視点を頂くきっかけがあるのだと感じました。

また,期待していないけどできちゃった,というのは偶然性を意図していますが,これすら意図がないのではなく,曖昧であっても意図はあります。
「無意味の意味」に近い視点ですね。
偶然性と言うことでは,これもある先生から「プランド・ハップンスタンス理論」というのを教えて頂きました。

いろいろ考えていらっしゃる方がいるのだと,改めて実感しましたが,こうなると不便も益も,対象となる人のモチベーションレベルにその関係性が見られそうです。

そこで,京都から帰ってきていろいろと思案してみました。

そもそも,「困っている状態(不自由な状態)」があるから不便なのですが,不便に至る状態とはどのような区別が出来るのかを考えてみました。

ここでは出来事に不便を代入してみました。

そうすると,不親切と不適合という状態が見えてきました。

困った状態とは「不親切」で「不便」で「不適合」な状態が起こると,人は「さぁ困ったぞ,どうしようか」となるのではないかというのがこの図の考え方です。

当然,これは絶対的な正解ではありません。
どちらかというと,みなさんにこそいろいろ考えてみて欲しいのです。

自分ならどんな構図が考えられるか。
そうすることで,その先を考えるきっかけを得る可能性が開けてきます。

ぜひ,みなさんもH.E.S.O.思考で,いろいろと考えるきっかけを手に入れて頂ければ幸いです。

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