存在と価値の承認

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ありがとうって言われること、みなさんは普段の生活でどのくらいありますか?

これ。すごく嬉しい時や恥ずかしい時、よそよそしくなる時など、時と場合によっても感じ方が異なりますけど、概して幸せな気持ちにさせてくれるフレーズですよね。

この認められるという行為に対して、心理学では承認欲求との用語があります。
自分を認めて欲しいとする心情です。
たいていの場合、自分で自身を認められないと自信をもてているとは言えません。また、人に認められないのも自信をもてない原因になります。

承認の解説でより実践的な領域は、マズローの自己実現理論やデシの内発的動機づけなどでしょうか。
マズローは自己実現に向かうための5段階説をとっていて、生理的欲求、安全欲求、社会的欲求、尊厳欲求、自己実現欲求の順にピラミッド状に組み上がっていて、認められたいとする欲求の現れはいろんな方向に向かうとしています。
デシは自己決定感、自己肯定感に加えて他者受容感の3つを挙げて、認められているという実感を得られる内発的動機づけの重要性を説いています。

認める(承認する)ということには、いくつかの方向があります。今回は存在と価値の二つを取り上げてみましょう。

まずは、あるべき姿をあるがままに認められるのが存在への承認ですね。どんな姿(容姿だけでなく考え方などの「かたち」)であっても人であれば人として理解し接する。
ところが、ややもすれば偏見や差別への負の姿が、ここには必ず現れます。

もうひとつは、それもありだよねという一つの方向に縛られないあり方を認めるのが、価値への承認ですね。

この二つはちゃんと分けて考えないと、いろんなぶつかり合いが起きてしまいます。
ことづくり的に言うと、モノとしての承認とコトとしての承認です。
ひとつの『対象化された「かたち」』と、『作用まで見つめた「かたち」』です。

対象化された「かたち」とは、人に限らず家や車もそうですし、男や女、若年や年配という区切りもあります。血液型がA型でも星座がおとめ座であっても、障害の有無であっても全て同じく対象化されたモノです。

作用まで見つめた「かたち」とは、様々な方向に伸びていく出来事を追い続ける姿です。どこかで固定した価値に縛りを設けるのではなく、その先に何があるかを思索し続けるコトです。

これはどちらも大事です。
人はモノ化された対象だとつかみやすいのですが、動的ないろんな方向に動く可能性のあるつかみにくいコトは、モノからつかむのが一番わかりやすいからです。

まずは存在を認め、次に価値を認める。

この前提から見ると、どんな存在もとりあえず認めていないと、次の価値承認にはたどりつけません。
自分の外にある全ての存在をまずは認める。念のために付け加えますが、これは受け入れるのではありません。あくまでも自分の外の世界のコトとして受け止めるのです。
受け入れると受け止める

ありがとう。
そこには2つの承認があると知っておく。
それだけで、人との関わりがより深く見つめられますよ。

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