仮面をかぶる「こと」

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5月から6月にかけて、昔は縁日が多く開かれていたように思います。
豊かな実りを期待してのお祭りだったり、農作業具などの販売だったりがありましたが、幼い私はもっぱらおもちゃやくじ引きなどに興じていました。
今や遊びはスマホなどの方が刺激的で、アナログ的な縁日はめっきり姿を潜めてしまって、少し寂しさも感じます。

そんな縁日の入り口にはいつもテレビに出てくる漫画や特撮のヒーローヒロインのお面と、綿菓子などがあったように思います。
最近はそういったお面を売っている場面はほとんど見かけなくなりました。これも時代でしょうか。

さて、仮面をかぶる場面というのはどういう状況なのでしょう。

仮面というのは変身願望を表していると言われます。縁日で並ぶアニメや特撮のキャラクターに始まり、能面やバリ島のお面など様々です。
偶像をつくらない文化圏以外では様々なお面がつくられ、それに伴う物語もたくさんつくられています。

変身願望というのは、大きくは別人になるということですが、変身することによって「そのかたちがもつ能力を得る」という意味ももちます。
例えばウルトラマンに変身して、スペシウム光線を放つ(古いですね)ことができる(と信じる。設定する)ようになるわけです。
鳥になれば空を飛び、ライオンになれば腕力を得て、普段の自分とは違う存在に身を置くことができます。

また、一般に仮面をかぶるというのは、本心を見せないことにも使われる言葉です。気持ち的に別人になることで、内面を悟られないように振る舞うことができます。
ただし、上手にやらないとボロが出て、相手の人からは本心がわからず信用を失うこともありますから、この場合は注意が必要です。
「猫をかぶる」というのも同様ですね。知らないフリをしても、会話には様々な落とし穴があると想定して対応することが苦手な方は、丸見えになります。

では、これをへそ思考で見つめてみましょう。

これらはこころが導く「空想」の領域です。そこに理屈を載せれば「理念」を付け加え、個別事案を増やせば「機能」が与えられて行きます。

お面一つとっても、こどもの「こころ」の中で「出来事」を生み出し、「仕組み」を考えることが可能なのです。

創造力の源がお面にあるといっては言い過ぎかもしれませんが、もっと自由に、縛りなく想像を楽しむ活動が生活の中でもっともっと広がって欲しいな、と思います。

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