モノである「こと」

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へそ思考は世界のとらえ方です。
身の周りのことをできるだけ大胆にシンプルに。でも奥深くを見つめられるように考えた思考法です。

それは
・出来事、仕組み、こころ
の3領域でしたね。
そこから派生した
・事実、根拠、解釈
もありました。

今回は、このようなコトの領域に該当するモノの領域があるのかを、へそ思考を元にして探ってみましょう。

モノとは、基本的に見えるかたちで存在しています。
ただし私たちの目では確認できないような、分子レベルの水蒸気や理論レベルの反物質といったモノもありますが、まぁ出来るだけそういったモノも含まれるように考えてみましょう。

あ、改めて言うことでもありませんが、こうやって考えるのは「コト」ですよね。

◯形質、法則、意匠

まずは定義から。
形質とは、かたちを形成するための素材や色彩や組み合わせなどとします。
法則とは、形質をかたちづくるための仕組みです。
意匠とは、かたちを示す特徴的なデザインとしましょう。
(※意匠法での定義とは異なります)

・形質と法則のあいだには、機能
・法則と意匠のあいだには、論理
・形質と意匠のあいだには、様式

例えば、モノに込められた機能性、用いた論理体系、そして様式美。
これらを、モノをかたちづくる要素としてみましょう。

素材や色や組み合わせなどと仕組みのあいだには、構造や機能や性能などがあります。知り得た仕組みを用いて設計し、様々な機能をもたせた商品がたくさん世の中に出回り、そして消えていきます。
ここには人が操作できても創造できない領域もあります。例えば酸素原子が2つつながればO2ですね。O3ならオゾンです。でもO157なんていう病原性大腸菌のような組成を酸素原子でつくることは難しいでしょう。何故ならそのように設計されていないからです。

仕組みとデザインのあいだには、論理性や整合性などがあります。
コトと基本的に異なるのは、モノはこころの中だけで存在すれば良いのではなく、現実的な存在となるための前提があるところです。
自然物も人工物も、そこに存在するためのデザインを完成させるためには物理的・論理的な関係性が成立していなければ崩壊するか、そもそもかたちをつくることができないでしょう。

素材や色などと設計(デザイン)のあいだには、様式などがあります。
例えば空を飛ぶという出来事の実現には、鳥とトンボでは様式が異なります。
これは自然が時間をかけてつくりだしたかたちですから、同時に洗練要素として淘汰という論理的整合性などが加わっていますが、人がつくりだすかたちには、敢えて論理性を無視した様式だってあり得ます。

まぁ淘汰に論理性はないという人もいますが、未知の世界を知り得ない者に断言などはできませんから、ここではその立場は取りません。

とりあえずこんな感じでまとめてみました。まだまだ洗練が必要でしょうが、なんとなくモノの姿をとらえられたと感じました。
みなさんはいかがでしたか?

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