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解説【へそ思考 解説1】(2021_2)

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1 はじめに
2 世界の複雑さと単純さ
3 明瞭なモノ的特性
4 曖昧なコト的特性
メタ認知のお手伝い
6 おわりに

※ モノ・コトのとらえかた等に興味がある方向けの解説です。どうぞご覧ください。

 


1 はじめに

    ことづくり研究会では,モノを「構造」,コトを「反応」と定義しています。前回の「コトのこと」ではコトの全体像を4領域で表す方法を示しました。今回はその元となる,至ってシンプルな独自の思考法である【へそ思考】(R) をご紹介します。第一回目はその全体構造をお話しします。自分の姿勢や意図,嗜好や価値観などを分析しながら,自発的に可能性を拡張したり選択肢を増やしたりするためにご活用頂ければ幸いです。
 


2 世界の複雑さと単純さ

   モノ・コトは表裏一体です。物体に限らず,概念なども含む多くのモノ(構造)は,前提となる定義や条件が設けられていますから,基本的に曖昧さ(ぼやけ感)は許容されない存在です。一方で,解釈を自由に広げられる「コロンブスの卵」には様々な可能性や選択肢が想定されますから,とてもコト的な曖昧さがあります。    天気予報のような,未来を予測したり気になる原因を探ったりする際には,古来より既知の情報で解決を図ります。未知領域であっても,それっぽい理由を仕立てて解決を試みます。それは多くの人が安定感のある予測可能な日常を望むからですが,この曖昧な「わからなさ」を体系的に克服したい人たちは,宗教家や占い師,思想家や学術研究者などを目指すようです。    安定や変化はコト(反応)そのものですが,安定しているモノ(構造)は多少のコトでは揺らぎません。構造の安定は,モノに利用価値をもたらします。例えば,鉄瓶はガスコンロ程度では溶けないので水を湧かす道具として使えます。この安定は永遠ではなく,条件次第で変化しますし,とらえにくい変化だってあります。現在の科学では予測不能と言われる地震は,発生のメカニズムが複雑すぎるからですが,案外この「わからなさがわかった」と言って納得できる場合もありますから,心の安定には何が幸いするか分からないですよね。    自然と向き合っていると,極めて単純で常になるようにしかならない,純然たる原則で動き続ける歯車が見えます。だからといって,人の意志を越えた運命や因果などを深く考え過ぎて苛まれる無力感やネガティブ感より,私たちには時節に応じて好奇心や充実感が満たされるポジティブ感が必要です。その暮らしかたをつくりだすには,人それぞれが臨機応変に居心地の良さをデザインする態度が大切だと考えるようになり,紆余曲折を経て,曖昧な世界に踏み入るための足がかりと自分なりの明確さを得る手がかりとしての,「へそ思考」が生まれました。
 


3 明瞭なモノ的特性

 世界は物質や空間,時間などの様々な「構造」が複雑に絡み合い,静的・動的に「反応」し合っていて,今この瞬間も数多の研究者がその専門分野で根っこ探しをしています。因果律とも呼ばれる,自然現象に内在する厳格な現実解でも人それぞれが夢を追い求める理想解であっても,あらゆる出来事には変化をもたらす何かしらの仕組みがあります。今この瞬間も私たちが知る・知らないを問わず,純然たる仕組み出来事を生み出し続けて,それを見たり感じたりする私たちのこころが様々な思いを抱いて,感じたり整理したりする過程で意味や価値などを生み出します。まぁ,私たちの選択意志まで因果律に支配されていると考える人もいますから,本当にいろいろです。    そこで,モノが織りなすコトの最小単位を「こころ・出来事・仕組み」とする仮説を立てて,3領域で全てを大胆に把握しようと試みたのが「へそ思考」のはじまりでした。それぞれの輻輳領域は「空想・理念・機能」と呼び,この6領域だけで構成しています。     さて,まずは基本構造を確認しましょう。   ・本質  言語化できるあらゆる概念。考えたい対象が入ります。 ・こころ 五感から得た様々な情報,喜怒哀楽などの感情,取組への意欲や態度などが入ります。 ・出来事 身の回りに起きる事実,何かに関わった際の情報や経験,伝聞や史実などが入ります。 ・仕組み 活用したいルールや法則,文法などの作法,既知の理論などが入ります。 ・空想(こころ×出来事) 出来事を見つめて感じたり考えたりした状態です。事実や体験の過程などを積み上げて実践的に理解される,いわゆる経験的な領域です。 ・理念(こころ×仕組み) 仕組みを見つめて感じたり考えたりした状態です。理論的な内容や論理構造などを駆使して組み上がる,いわゆる学術的な領域です。 ・機能(出来事×仕組み) 出来事を支える仕組みの役割です。工学的な要素をはじめ,人知の及ばない自然現象なども含む,厳密な関係性の先にある効果や効率などの領域です。    全ての思考はあらゆる領域の「とらえかた」から始まり,文脈の整合性はこの構造の中で育まれるようです。では次に図1を用いて,少し具体的に思考全体の流れを追ってみましょう。    理論面では,人類史上の賢人たちが知恵を絞って編み出した先行研究や観察可能な出来事(事実)を積み重ねて,多くの人が同意できる仕組み(根拠)や確証を得られる仕組み(根拠)を探します。それらを精査し,両輪(事実と根拠)が整合する状態(機能)を見つけられると,意思表示(解釈)を確定させます。感覚面では,「私はワクワクするのが大好き(こころ)だけど,中でもジェットコースターに乗って(出来事)味わう感覚がお気に入り。重力の変化(仕組み)でおしりが浮き上がってムズムズする(出来事)その感覚がたまらない(こころ)んだ。それがわたし(本質:対象)なんだよね」のようになります。    この共通構造に,理論の難易度や情動の複雑さは関係ありません。へそ思考の図も,世界に満ちているモノの姿を借りて,全体構造図(HESOシートと呼んでいます)という形相をもたせたモノ的特性で成立しています。図1は,3領域に「解釈・事実・根拠」を用いていますが,同義の言葉に変更するのは自由ですし,どんどん変更して思考を深めます。    事実や根拠には客観性が求められると考えがちですが,自己都合の事実や理論でも何ら問題はありませんし,むしろその方がその人なりの思考の構造や方向性を読み解きやすくなります。重要なのは,さまざまな意味や価値がつくり出されるこの構造特性なのです。
 


4 曖昧なコト的特性

 基本的にコトは大ざっぱで曖昧なので,身体的な感覚や言語による思考などのモノ(構造)を媒介にしないとつかめません。コトの理解には,日記を書き留めるように身体を通して味わう体験や思い出などの条件や状態などを区切って,丁寧に記録(モノ化)する手順が必要です。    私たちは眠たいとあくびをしますし,好きな人とのデートはドキドキします。寒ければ服を着込みますし,走って汗をかけば水分を摂りたくなります。普段の生活で,このような出来事(事実)にある科学的な裏付け(根拠)をいちいち冷静に確認する人はごく少数派でしょう。たまに「どうしてかな,なんでだろう」と湧いた疑問に対して,自分なりに考えたり人に教わったりしながら納得や感動する曖昧さのあるほうが,暮らしに活力が湧くように思います。    このような暮らしかたをすると,さまざまな考えかたに触れたり想像を広げたりする行為が楽しくなります。雑談は話をするという行為自体が楽しいのですが,それは基本的に話題の方向性は成り行き任せで,高尚な結論や話題の統一性も求めないからです。このような思考領域の移動特性を【往還】と呼び,雑談のように領域間を脈絡なく飛ぶのは「日和見」,何かしらの解決を図る意図的な移動は「仕手」と呼んで区別しています。    例えば「仕手」の場合,黒い物体が目の前を横切ったという知覚からそれがカラスだと認識するまでには,対象である黒い物体を目撃した事実から空想を働かせて,記憶を元に解釈を行い,仮定と実際の整合性が得られた時点で,中央の「黒い物体」は「カラス」に置き換わります。この,概念が入れ替わる特性は【置換】と呼んでいます。思考領域のベクトル(方向性)は,状況によっては置換の候補や思考の速度などが制御できずに自分の立ち位置を見失ったり(喪失),思考が止まって頭の中が真っ白になったり(停滞)する場合があるようです。      もう少し身近な用語で図2を構成して眺めてみましょう。私たちの思考は,感性や価値観など感覚領域に左右されますが,熟慮型は右寄りで行動型は左寄りの方向が得意です。人工知能は下部と右部を活かす力に優れ,人はアイデアや情感の豊かさを活かす左部が得意でしょう。そんな中で,多くの人が納得できる考えかたを導くには,示される空想や理念の両方に共感できるバランス感覚も必要だとわかります。    これらコト的特性によって生み出される,ことづくりの醍醐味は双方向姓にあります。時間,場所,過程などの条件で同じ経験を積んでも,身体的な能力や感覚,価値観などの要因が異なると,実感や効果,可能性などにも個人差が生じます。世界は多様な反応に満ちているからこそ,双方向性をつくる「対話」は大切です。対象は物言わぬ岩石や太陽,顕微鏡で眺めた微生物の場合もあるでしょうが,それらと対話し続けるためにも6領域への自発的アプローチは欠かせません。    この対話の歯車が噛み合わない時は,同一概念の代入位置が異なっている場合もあります。例えば「才覚」を語ろうとする人同士が,経験と体系のそれぞれに同じ「資質」を当てていると,話の方向性が微妙に違っています。これを一致させる動きは【誘引】と呼んでいますが,これらのコト的特性(往還・置換・誘引)についての詳細も,次回以降に持ち越します。
 


5 メタ認知のお手伝い

 人は可能性を担保するために結論を先延ばしする,保留という方法を知っています。一方で,こだわりのある事象には自らが望む方向の結論を求めがちです。所在不明な普遍的「正しさ」よりも自分が確信を抱ける「答え」が重視されるためですが,このこだわりは様々な心情的偏向(バイアス)と選択肢を広げる,両方の根っこになるのが面白いところですね。    ランチメニューの選択は自己完結ですから「答え」は自由です。ですが,職場や学校に提出するレポートなどは,体験の時系列,著名な書物の1節,自分の感想を述べる,のどれかだけでは「答え」としては物足りません。そこで,それら3領域(事実・根拠・解釈)を文章内にバランス良く配置していくと,伝えたいコトの全体像が整理され始めます。    全ての領域を自分なりに当てはめた概念で構成しても良いのですから,自身やグループなどで導き出す「答え」はひとつとは限りません。意見の対立が生じた際は個別のシートを重ね合わせて比較すると,噛み合っていない領域を見つけやすくなります。そこで合意形成を図るには,対象を分析する方向を調整したり新たな選択肢を生み出したりするメタ認知力が必要です。    また,どの領域から見つめ始めても自由ですから,ぼんやり考えるだけでも対象を俯瞰したような視野の広がりが起こせます。例えば図の中心に大好きなアイドルの名前を入れると,自分のこだわりや嗜好の方向が見え始めます。「居心地のよさ」では,求める感覚や経験や機能などへの想いを巡らせられます。ここでは,ネガティブ・ポジティブ・モデレートなどにこだわらず「思考し,試行し,志向する」奔放さの中で,自分なりに探してください。    そもそも,コトの世界に人智を越えた普遍的な「正しさ」があったとしても,それが私たちの目指したい「答え」とは限りません。多くの人は,望む未来を自らの意志で選びたいはずです。いろいろ考えすぎて悩んだり落ち込んだ時は,領域の1部で堂々巡りをしていたり,領域の一部が欠損したり不整合を起こしていますから,その理解があるだけで目指したい方向の探りかたや不安への耐性などに余裕が生まれて,意志を発揮できる機会が巡ってくるから不思議です。
 


6 おわりに

   人それぞれに解を導くきっかけを提供するだけのへそ思考は,「正しさ」とは無縁です。私たちが信じる解は,生まれ育った環境や知識などが元になった価値観の一端です。例えば人間にとって環境汚染は死活問題ですが,地球史的にはシアノバクテリアによる劇的変化を元に戻す生物かも知れません。生物多様性とは,環境に適応できる対象のみが存在し続けられる厳然たる事実のみで,そこには人間の価値で問える善も悪もありませんし,その歯車は至って単純です。そのうち,へそ思考を用いて多様性と包括性を比べてみますので,どうぞお楽しみに。