へそ思考の基本構造

事務局より

「ことづくりという哲学的対話」毎月第一日曜 13:30〜14:30
※ へそ思考セミナー・美術による専門職能研修等の依頼も受付中

へそ思考の「前提」

何においても可能性は無限大。共通領域から本質をみつめて思索を広げ,深めるコト。普遍的な正解よりも等身大の自分らしい答えづくり。
(本サイトは制作中のため日々更新しています)

私たちが普段暮らす世界をとらえる最小単位がへそ思考の構造です。これ自体も「仕組み」のひとつですが,これ以上分解できない単位の3要素を組みあわせています。
(引き寄せや転回といった構造はここでは述べません)
 

基本構造は至って単純

仕組み・出来事・こころの3領域

・世界は何らかの有象無象な【仕組み】で成り立っています。
・その仕組みに則って,私たちは何らかの「すがた」を【出来事】として目撃します。
・私たちは,五感を用いて,それらを【こころ】でとらえます。

へそ思考とは,たったこれだけの単純な構造です。
実際当たり前すぎて拍子抜けするでしょうし,世の中そんなに単純なはずがない,と猛烈に反論するかたもいらっしゃいます。ただし,変数と見なす領域に入る言葉の数は数限りなくありますので組み合わせは言葉の数以上にあります。

ご覧の通り,楕円(オーバル)が3つ重なっているだけで,どこにも特別な内容はありません。歴史上のいろんな理論や主張の中にある共通の要素って何だろうと思案していて,残ったのがこの項目です。楕円構造に厳格な意図はなくて,仕組みと出来事が私たちが暮らす世界を占める比率が多い状態を表す雰囲気づくりです。

頭の切れる人がどれだけ難解な話をしていても,その内容よりもその「本質」と向き合えば,「今は理屈を言ってるんだな」とか「今は思いの丈を述べているんだな」と切り分けられます。話の中身が分からなくても,話の領域が分かれば話を合わすことはそれほど難しいことではありません。これはきっと,聞き上手な喫茶やスナックなどで働く人であれば経験的に身につけていることでしょう。

へそ思考の図とは,思考のくくりかたとなる原理原則のみを示しています。この原則に則って,それをわかりやすく構造化しただけです。例えば,研修やワークショップでグループ内の意見を集約するときにも役立ちます。いっぱいの付箋に書かれた内容をこの項目でグルーピングして共通項を探せば,今どこを見ているかをまとめやすくなります。他にも,学生がレポート作成の際に3つをバランス良く含めていれば,読み応えのある文章が出来上がります。

このように原理はとてもシンプルです。利用法は少々難解なのですが,わからなくなったら最初の構造図に立ち戻れば良いという,すごろくのスタートラインのような場でもあるので安心して複雑な思考の冒険にも出られます。

※ 3つの変数が世界に調和をもたらしたり,世界の複雑さを示す事例は宗教や歴史上の出来事や科学的な理論などにも数多くあるようですので,ご興味があれば調べてみてください。
 


3領域のコト

仕組みのコト

あなたが活用したいルールや法則,建物・電気製品・文法などの構造,広く知られた理論などが入ります。

それは解明されたこともあれば未解明なこともあります。私たちが用いる仕組みは,必ずしも「ほんとう」である必要はありません。それは宗教上に多く紡ぎ出された物語やファンタジー小説などと同じく,人に何らかの示唆を与える価値観としても役立つからです。
科学者などの学術研究者による理論も「ほんとう」である必要はありません。本人は至って本気で「ほんとう」を探究しておりますし,その努力は賞賛に値します。私たちの生活を実証的に捉えるきっかけも提供してくれています。ところが,答えを得ても「それってほんとう?」という疑問も湧くのが私たちです。そしてその奥を更に追究したいと欲求の湧くのが学者の人たちでしょう。仕組み自体の正しさは不問です。なぜなら普通の日常生活を送るにあたって,実証されているなしに関わらず「これがほんとう!」と断言しなくても「それもそうだよね」ぐらいがちょうど良い場面も多いと思うのです。そのような仕組みの領域がここになります。
 


出来事のコト

あなたの身の回りに起きる事実,何かに関わった時の状態や経験,伝聞や史実などが入ります。

それは観察できることもあれば,全く気づかないこともあります。筆者はそれらを「かたち」と呼び,そのかたちには様々な「あらわれ」もあります。
例えばマッチを擦るという行為は,摩擦によって生じる熱と硫黄のあいだにある厳密なルールに則って,火がつくという変化を伴った出来事を起こします。その仕組みと出来事のあいだには,効果や効率と言った機能的なことが横たわっていると考えられます。
それは科学的な事象だけでなく記録に残っている歴史上の出来事も同じですし,偉人の伝記からは多くの示唆を受け取れます。幼い子どもが急に異性と手をつないでいることを自覚してポッとほおを赤らめるのも出来事です。雨降り時のグッズにおしゃれな雨傘を探すのも私たちが起こす出来事でしょう。
仮に全人類の行動が遺伝子に組み込まれているとしても,そのような存在の仕組みを想定して関連づける先の出来事という要素は必要です。何にしても私たちは常に出来事と接して生活を送っています。そのような出来事の領域がここになります。
 


こころのコト

あなたの五感から得た様々な情報,喜怒哀楽などの感情,取組への意欲や態度などが入ります。

それは憶測や推測の場合もあれば,整合性や論理性を伴う場合もあります。例えば太陽や月などを神聖視したエジプトの人たちは,豊かな創造力を基にして壮大な物語をつくりだしました。現代人は科学知識と照らし合わせながら面白いお話だなぁと楽しむこともできます。
ただし,その科学知識が「正解」であるかどうかは別の問題です。仮定のお話などを加えた想像の余地があれば夢や希望などの可能性が広がります。可能性には不安感もありますが,未来志向の想いもいっぱい詰まっています。また,喜怒哀楽と言った感情的な領域や頭で描いた想いだけでなく,五感から得る情報にも左右されます。
いろんな情報による揺らぎがあるからこそ,私たちは不安になってもそれを打ち破ろうとする確固たる信念や,満足感や幸福感なども得られるのではないでしょうか。そのようなこころの領域がここになります。
 


補完するコト

対象概念の場所は常に流動する

概念は考える「ものさし」で,どこに動かしても良い

自分が問いたい内容の本質と向き合う際,まず3領域の内容を吟味します。例えば「問い」とは何か,と言う問いを発する時,出来事,仕組み,こころの領域のどれかに曖昧さのある疑問点があるから問いを発しています。次はなぜそこれが疑問に感じたかを問うとき,その疑問点を中央にある本質の部分へ代入し,どんどんそれを繰り返すことになります。出てきた概念の言葉はどこかに固定されることはありません。問題解決を図りたい時は,その構造を簡単に図式化してみましょう。
 


「も」の姿勢

そうかも・そうでないかも

人の数だけ価値観があると考えても,どこかに共通項があります。それが共感につながったり,合意したりの行動に表れます。それは,共通項を探すのが得意な人ほど人身を得やすい特徴も言い表しています。これは占いなどが内包する条件にも合致します。
普遍的な正解はありませんが,人それぞれの正解の中にも本質的な領域はあります。ただし本質的な領域とは曖昧さを多分に含んでおり,解釈次第でどのようにでも捉えることが可能でもあることから,人それぞれが都合良く内容を構成できるという特徴も備えています。
 


広くて深い世界の「あいだ」

どこにどんな「あいだ」があるか

へそ思考で捉える世界はとても単純ですが,コトの量と深さ,組みあわせかたは無限大ですから並列的でもあるし重層的でもあります。そのため詳細を分類しようとすると本質を見失い,分類それ自体が仕事のようになってしまったり堂々巡りを始めたりします。そういった安心と不安の共通する特徴もへそ思考で探ることが可能です。対立軸のあいだに陥ったとき,どちらかに近寄らなければいけないと考えるよりも,そのあいだには何があるのかを考えることが問題解決の糸口になる場合があります。良いか悪いかだけで見ていては決して見つけることの出来ない視点を見つけることが出来れば,もうひとつ世界を深く理解できたと感じるでしょう。
 


「ほんとう」は探して楽しむ

わからなければ遠慮なく保留すれば良い

私たちがいない時代にも地球は回り続けていましたし,きっとこの先に私たちがいなくなったとしても,地球は厳格なルールに基づいて自らの所作を定めるでしょう。それは,人類が生み出した過去の全ての叡智に精通して新たな理論を打ち立てられる立派な学者であったとしても,決して叶わない到達不可能な領域です。そのような超越的な領域の正しさをいくら考えてもわたしたちには答えが出せませんし,それこそ「これこそが正しい」と主張し合っても日常生活が楽しく豊かに過ごせるわけではありません。理論の正しさや「ほんとう」を求めるよりも,それらの思考の流れにおける欲求の構造をきちんと理解し,日常生活を手間をかけて丁寧に暮らすことを実践する。大事なのは「普遍的で正確無比な答え」ではなく「答えを探しつづけることをやめない」姿勢ではないかと筆者は考えています。これはそのための思考法です。
 


項目別の内容より本質的な内容を

幾つの項目に分かれるかは気にしないで

また,いろんな項目を示して「〜における12の項目」のような言い方を始めると,そもそもその具体的な数値(ここでは12です)に分けられる根拠はどこにもないのに,いつの間にかその項目の内容に引き込まれていきます。(そもそも数値の効果としては捉えやすさを示したり,108という煩悩の数ともなると今度は心情的に圧倒して人を虜にしたりします。)書かれたその内容は具体的なのでなるほどと思えるのですが,そこは占いと同様に肝心なところが人それぞれの解釈次第という曖昧さをもつので,本思考法は文章の内容解析にも役立ちます。
 


本質とは世界の構成要素ではない

本質を探る意味は,より良い暮らしかたのために

へそ思考で自然界を表すと,仕組みと出来事と,その重なりの機能しかありません。そこに本質的な意味や価値を探って示唆を感じ取るのも人のこころですので,それを敢えて「ある」とするなら確証のない超越的な存在が必要です。人は自然の中にある「かたちのあらわれ」を見て感じたり,使いこなしたりしようとしています。少しでも人が手を加えると人工的だとも言えますが,それは人が出来事(条件)を追加しているだけですから自然界の構造に別の動き(膨大な不確定要素の一つ)が増えただけです。へそ思考の1単位がひとつの「こと」の構造なのです。